交通遺産をめぐる

隧道,橋梁,廃道などの交通に関する土木遺産を探索し,「いま」の姿をレポートしています.レポートマップはトップページにあります.

青森県道45号十和田三戸線 安方橋 (2023. 12. 8.)

青森県三戸町昭和13年 (1938) 竣工,青森県下初とされるRC開腹アーチ橋.

 

青森県道十和田三戸線は,十和田市から新郷村を経て三戸町に入り,青い森鉄道 (旧・JR東北本線) の三戸駅付近に至る主要地方道である.古くより県道戸来三戸停車場線として,新郷や三戸各集落から鉄道にアクセスするための重要な街道として整備されてきた.

 

今回レポートする安方橋は,三戸駅から5kmほど手前で,馬淵川支流猿辺川を渡る橋である.

場所: [40.39838778636672, 141.2348871379076] (世界測地系)

 

安方橋は昭和13年 (1938) 竣工の旧橋で,今に至るまでよく補修されて現役で使用されている.架橋の経緯は三戸町公式ページに過不足なくまとめられているので,今回はその一部を引用してお茶を濁させていただく.

昭和12年12月15日付『三戸新聞』は「本県最初のモダン橋」という見出しで、安方橋の落成・開通の様子を次のように紹介しています。

 

三戸、猿辺、野沢、戸来の各町村をつなぐ三戸地方の重要産業道戸来・三戸停車場線、猿辺川(三戸町と猿辺村の境)に架設してあった安方橋は、一昨年九月の水害で流失して以来、架け替えされず地方民に不便を与えていたが、県では関係町村の切なる要望により、去る7月工費1万4千円を以て、穂積組に請け負はしめ、鋭意その工を急いでいた所、いよいよ今回竣工するに至ったので、去る12日午前11時から現場に於いて落成開通式を挙行した。来賓は県官並びに地方関係町村長、町村会議員、有志等約三百名で、型の如く式を終えてから協賛会主催の祝賀宴を催し、盛会裡に散会した。なお竣工した安方橋はアーチブリッジで本県では最初のモダン橋である。

 

  「東奥日報」も昭和12年12月12日付で「由緒深い安方橋竣工 五・三戸地方産業の開発促進に貢献せん」という見出しと完成した安方橋の写真を大きく載せて、落成式の模様を伝えています。また、三戸町長松尾節三「融和を図り 地方振興に邁進」、戸来村長佐々木傳次郎「産業道の完成で輸送の円滑を期す」、猿辺村長和田弘「此の機に乗じ発展を望む」、請負者の穂積氏「苦しんだだけ感激深し」等の談話を掲載し、安方橋完成の歓迎振りを紹介しています。要約すると、次の通りです。

 

昭和10(1935)年の夏に襲った大豪雨は、濁流満々として猿辺川の農耕地を浸食し、農作物に多大な被害をもたらしました。木橋であった安方橋は流失し、三戸町、猿辺村、野沢村、戸来村の一町三ヶ村を結んでいた戸来ー三戸停車場線は車馬の通行が不能となり、日常生活に支障を及ぼします。


三戸町と猿辺村が中心に陳情を繰り広げると、県は2年後の昭和12年7月、橋梁架設工事に着手、総工費1万4千円をかけた安方橋は青森県のアーチブリッジの先駆けとなります。工事は三戸町の穂積組が請け負いますが、戦時中だったため鉄筋高騰や応召者による人夫不足を招き、一時完成が危ぶまれます。

(中略)

戦時非常事態という状況にもかかわらず、安方橋は八戸土木事務所長阿部技師の陣頭指揮のもと、落成予定日を一ヶ月以上も上まわって完成します。優雅端麗でしかも堅牢無比な橋として後世に名を残した安方橋は、将来的に三戸ー戸来線と金ヶ沢ー三本木線の県道をがつなぐ南部地方における重要産業道路に発展する可能性を秘めていました。

 

文中で紹介されている新聞記事によると,「竣工した安方橋はアーチブリッジで本県では最初のモダン橋」とされている.これを信じるなら,少なくともRC開腹アーチという形式については,青森県内最古ということになろう.

 

2023年12月8日,現地を訪ねた,この辺りも冬は雪が積もるが,当日は雪はなかった.ちなみに私の住む弘前でも,すでに雪が積もる日があったものの,その後の天気によってほとんど溶け,当日は雪はなかった.そんな弘前から,東北道→八戸道と経由してやってきた.同じ県内とはいえ高速経由で2時間以上の時間を要していた.

 

車はひとつ下流側に架かる「仲之橋」の北詰の空き地に駐車させていただき,歩いて接近した.まずは色々な角度から.

安方橋,昭和13年 (1938) 竣工,近代土木遺産Cランク.両脇の側径間はRCT桁,そして主径間はRC開腹アーチ.曲線を多用したデザインが優美.高欄は改築されている.なお,写真は1, 2枚目が右岸下流,3枚目が右岸上流,4, 5枚目が左岸下流,左岸上流.下流側には配管が添えられており,やや景観が悪い.

 

橋上の景.

 

続いて親柱は,若干再現のような気がしないでもないが,石造りの少し装飾的な柱が4本残されている.なお,先に引用した三戸町のページには竣工当時の写真があり,その親柱には擬宝珠のような装飾が付いているものの,現在は失われている.

順に左岸下流「安方橋」,左岸上流「猿辺川」,右岸下流「昭和十三年竣功」,右岸上流「やすかたばし」.

 

左岸側に解説板が設置されている.

特に右側の内容は修繕工事に関するもので,わかるようなわからないような説明だが,取り敢えず近代化遺産として保存する意図が確認できるのは好ましい.ありがたい.

 

さて,アーチ橋であるからできれば下から拝みたい.しかし橋の前後は,右岸側が切り立った護岸で降下は不可,左岸側は自然地形なものの切り立っている.どうしようかと思って周囲を見渡すと,左岸側で下流に向かって緩やかな下り坂が続いている.これはいわゆる入川道であろう.これ幸いとそれを辿って川べりに降りた.

 

下流側に降りられたがこちらは逆光である.このまま川べりを上流側に歩いていくことにした.一箇所だけ斜面が崩れて歩けなくなっていたので,プチ藪漕ぎで高巻いた.草付きの良い斜面だったので突破は容易であった.

 

接近.

 

桁裏.全体的にコンクリートを塗って補修されているし,床版には高張力ボルトで補強材が打ち付けられている.先ほどの解説板にあった改修工事によるものであろう.

 

そして,下流側に回り……

安方橋のアーチ部分全景を拝むことができた.美しい.

 

あそこに蜂の巣が…さすがに今の時期はもぬけの殻だが.いろいろなところで見てきたが,やはり橋梁は蜂にとって絶好の巣作り地点らしい.

 

接近して見上げての景.

 

これにて撤収し,次の目的地に向かった.

 

青森県の近代化遺産として公的に認知され,今後も保存される方向の,まさに名実ともに土木遺産の橋であった.唯一ケチをつけるとしたら,高欄の改修が惜しまれる.古写真を見るにもともと意匠に凝ったものではなかったようだが,今の量産品もちょっとどうかと思う.できれば例えば石造りのものにするとか,風情のあるものになると親柱とも調和してよいと思う.