交通遺産をめぐる

関西を中心に隧道,橋梁,廃道などの交通に関する土木遺産を探索し,「いま」の姿をレポートしています.レポートマップはトップページにあります.

(旧) 衣奈隧道 (2022. 2. 15.)

和歌山県由良町.鉄道や熊野街道の通る町の中心部と,海に面した衣奈地区を結んでいた隧道.

 

和歌山県由良町の衣奈地区は,紀伊水道に面した漁村であるとともに,南隣の白崎地区とともに石灰岩地質で,大正から昭和期にかけて採石場が設けられていた.しかし三方を山に囲まれた土地であるため,県道熊野街道 (現在の国道42号) や鉄道 (紀勢本線) の通る由良町中心部との行き来には,険しい峠越えが必要であった.

 

衣奈隧道は,そうした峠道に代わって,紀勢本線紀伊由良駅のある由良町門前と衣奈地区を結ぶ隧道で,昭和24年 (1949) に開通した.延長306m,幅員4m 1

 

隧道工事には苦労が絶えなかったようで,由良町1 には,

昭和六年ごろから工事が始められたと言われているが、難工事の上、設計ミス等が重なって工事請負人が四度も替わるという長期工事となり、更に戦争による社会情勢の変化も加わり中断等でなかなか完成しなかった

と記されている.

 

昭和24年 (1949) に開通した衣奈隧道は,半世紀にわたって衣奈地区への入口として活躍したが,平成28年 (2016),新トンネルの開通 2 によって廃止され,フェンスで封鎖されている.

 

2022年2月15日,カーシェアのハスラーを借りて現地を訪ねた.国道42号から県道23号に入る.田畑と民家の並ぶ集落を過ぎると,山越えの上り坂を感じる間もなく,正面に新トンネルが見えてくる.

左に分岐しているのが,衣奈隧道を含む旧道だ.

 

まずは新トンネルをチェック.意匠は量産品,幅員は2車線の普通のトンネルだが,最近のトンネルにしては歩道がかなり狭い.開通祝賀会では地元の小学生が演説したりしたらしい 3 が,これでは子供達にも大いに利用してくださいとは言い難いだろう.ちなみに扁額は由良中学校の生徒さんの揮毫だそうだ 3

 

竣工銘板.トンネル自体は平成27年 (2015) 10月には完成していたらしい.道路としての開通は翌年2月7日 2

 

引き返して旧道へ.最初のうちはこちらも2車線が確保されている.

 

徐々に幅員が小さくなる.センターラインは引いてあるが,これを2車線道路と言い張るのは……ちょっと無理があるだろう.

 

ほどなくセンターラインも消失.

 

この先は隧道が封鎖されているので通り抜けできないが,沿道に現役の農地が並んでいるためか,道はそれほど荒れていない.

 

ゆっくり慎重に進むが,農地が途切れた途端にこの有様.

 

振り返って.右奥から登ってきた.道はこの手前で北 (写真左手) に分岐しており,ここまでの轍は全て分岐する方に続いている.そちらの道は確認していないが,航空写真では,道の先にもみかん畑か何かがあるようだ.いずれにしても分かれ道があるおかげで,この場所で車を方向転換させることが容易だった.

 

車を降りて歩いて進む.

 

凶悪なブラインドカーブの先に,隧道の姿が見えている.その手前でバリケードが道を塞いでいるが,なぜか左側が中途半端に空いている.

 

倒れた看板を起こしてみると「通行止 日高振興局 建設部」とあった.

 

バリケードの脇をすり抜けて,カーブを曲がると…

(旧) 衣奈隧道,昭和24年 (1949) 竣工.フェンスは目障りだが,立派な坑門工を留めている.

 

壁面や迫石は凝灰岩のようにも見えるが,「日本の近代土木遺産4 にはコンクリートブロックと書いてあるのでそうなのだろう *1

 

要石,帯石,扁額,笠石 (見切れてるが) は御影石

 

扁額は右から左に「衣奈隧道」.前述の工事経過も踏まえて考えると,この坑門は戦前あるいは戦中の完成かもしれない.もっとも,扁額だけ先に書いておいたという可能性もあるのだが.

 

フェンスの隙間から内部を覗く.内部は素掘り.漏水が相当多いらしく,嫌な水たまりができている.直線だから向こうの灯りは見えているが,遠い.本隧道の延長は306mだという.黄色く光っているのは反射材で,フラッシュの光が反射している.

 

フェンスの扉は施錠されていて中に入ることはできない.仕方ないので車に戻り,新トンネルで衣奈側に向かう.旧道は新トンネルを抜けてすぐ,右側から現れる.

 

旧道分岐の振り返り.手前のセンターラインが旧道で,左奥が現道.それらの間に簡素な連絡スロープが造られており,そこから入ってきた.

 

正面を向くと,右手に新トンネルの衣奈側坑門.あまり地質が良くないのであろう,真上の法面はコンクリートでがっちりと固められている.

 

先に進むと軽トラが1台停めてあったが,運転手は不在だった.山仕事だろうか.邪魔にならないよう,その後ろに間隔を空けて駐車した.

 

いくばくも歩かぬうちに旧隧道が見えてきた.ガードレールとフェンスで二重に塞がれており,一見して洞内への立入りは不可能に思える.

 

衣奈側の坑門は無個性そのもの.後年の改築を疑いたくなるが,戦時施工であったり中断を挟んだりしたという経過を考えると,装飾を施す前に力尽きたのではないかとすら思えてくる.開通時の衣奈側を写した写真でもあれば良いのだが.

 

申し訳程度に小さな扁額が添えてある.内容は門前側と同じだが,ありきたりな金属製の額であり,左から右に書かれていることや,坑口左上という位置に配されていることはいかにも戦後だ.

 

フェンスの隙間から内部を覗く.こちらも漏水が多い.一応薄くモルタルが吹き付けられているようだが,そこにも白い亀裂が目立つ.やはり地質があまりよくないのだろう.

 

さてさて,封鎖されているから入れないし,日も落ちてきたし,そろそろ帰ろうか……

 

 

 

ん?

 

お邪魔します.

 

素掘りの断面が続く.廃止されてからまだ日が浅いためか,照明が全部消えている以外,現役時代と変わらない姿をしているようだ.ただ,これも現役時代からと思うが,漏水は多い.

 

こんなにぐちょぐちょの箇所もあった.仕方なくじゃぶじゃぶと踏み込む.幅員が狭小であることに加えて,この漏水の多さも廃止の一因となったに違いない.これは巻き立てが必要だったんじゃなかろうか.むしろ平成28年までライナープレートとかで処置されずに供用されていたのがびっくりだ.とはいえ,崩落など致命的な変状が生じている気配はない.

 

一箇所だけ照明が落下していた.廃止された隧道ではよくあることだ.

 

ずんずん歩いて,由良側の坑口が見えてきた.坑口付近に大きめの水たまりができている.

 

由良側坑口に到着.もちろんここからは出られない.

 

振り返り.気付けば向こうの光があんなにも遠い.

 

踏破完了の証としてフェンスにタッチして,真っ暗で水たまりだらけの坑道を引き返した.脱出しても軽トラの主はまだ不在だった.

 

気付けば私の靴は泥まみれになっていた.確かに普通に歩くだけでこうなるようなトンネルは廃止されるわなぁ…

 

探索は以上.泥を拭き取ってから車に戻った.

参考文献

  1. 由良町編集委員会・編 (1991) "由良町誌" 通史編下巻,p. 27,由良町
  2. 和歌山県 (2016) "衣奈トンネル(県道御坊湯浅線)の開通について" 2022年9月30日閲覧. 
  3. 日高新報 (2016) "由良町 新衣奈トンネルが開通" 2022年9月30日閲覧.
  4. 土木学会土木史研究委員会・編 (2006) "和歌山県 - 日本の近代土木遺産" 2022年9月30日閲覧.

*1:本来は終戦前までの構造物を対象とする「日本の近代土木遺産」に本隧道の記述があるのは,なぜかかつて明治23年竣工だと思われていたためだ.現在は近代土木遺産リストから削除されている.