交通遺産をめぐる

隧道,橋梁,廃道などの交通に関する土木遺産を探索し,「いま」の姿をレポートしています.レポートマップはトップページにあります.

百瀬川隧道 (2021. 7. 17.)

滋賀県高島市.大正生まれの「滋賀らしい」隧道を訪ねた.

 

国道303号海老坂トンネルの旧道を後にした私は,そのまま国道を東に進み,湖西道路 (湖北バイパス) で高島市マキノ町にやってきた.インターを下りて「沢」交差点から県道287号に入ると,目指す隧道は目前だ.手前で左折して細道に入り,路肩に駐車して探索を開始した.

 

まずは南側.

百瀬川隧道,大正14年 (1925年) 竣工,近代土木遺産Bランク 1.土被りの小ささは名前の通り百瀬川の下を潜っていることによるもので,いかにも天井川を多く擁する滋賀県らしい隧道だ.

 

扁額には,

「百瀬川隧道」.大正期にもかかわらず左書きとは怪しいが,これについては後ほど種明かしをする.

 

内部.

全面的にコンクリートで覆工がなされている.おそらく後年の補修も入っているのだろう.

 

ここまでの写真では,非常にシンプルな隧道と思われるかもしれない.しかし,交通の切れ目を縫って北口に抜けて,振り返ると,

印象が一変したのではないだろうか.

 

坑門の脇には,

ピラスターの外側に別のピラスターが見える.つまり,左右合計で4本のピラスターが備わっている.またそれらは笠石を貫通して上に伸びている.さらに壁面には下見板張り風の装飾が施されている.日当たりが良い南口では藪に埋もれてしまっていた,本隧道の重要な特徴である.

 

扁額には,

こちらも左書きで「百瀬川隧道」.

 

なお,私は北口に抜けてから気付いたのだが,本隧道の東側には人道用のトンネルが掘られていた.

車に気を遣いながら隧道を抜けてくる必要はなかったわけだ.しかし昭和48年 (1973年) に造られた 2 という歩道トンネルはあまりにも味気ない.車両用の隧道には「歩行者通行止め」とは書いていなかったので,偏屈なようだが私は再びそこを通って車に戻った.

 

さて,個性派ぞろいの滋賀県の隧道の中では,やや控えめとも言える意匠の本隧道だが,実は現在の姿は改修後のものであることがわかっている.「広報たかしま」平成25年3月号 2 には竣工式の写真が掲載されているので,以下に引用する.

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現在の姿との差は歴然である.まず,下見板張り風の模様は当初,両脇だけでなく坑門全面に施されていた.ピラスターのスリットや装飾もまた然り.現在も残る迫石風の装飾についても,当初はこぶ出しの自然石を使っていたように見える.さらに扁額について,当初のものは右書きで「百瀬川隧道」と刻まれており,その左には日付あるいは揮毫者の署名が入っているように見える.せめて扁額くらいは再利用すればよいのに,と思わないでもない.

 

本隧道の頭上を跨ぐ百瀬川は,改修工事が進んでいる.川床が集落よりも高い位置に天井川は,一般に大雨が降れば容易に氾濫を引き起こす.百瀬川も例に漏れず,近世以前から地元では「暴れん坊黒川」(黒川は百瀬川の別名) と呼ばれていたという 2.そして私は,現地でこんな看板を見つけた.

工事の詳細は不明だが,川を付け替えて,元の百瀬川を枯れ川にするのだろう.現地で川の様子を確認するのを私はすっかり忘れていたが,既に工事は完了しているとする情報もある 3.いずれにしても遠からずして,百瀬川隧道は無用の長物となる (あるいは既になっている) に違いない.

 

滋賀県には他にも天井川を潜る隧道が造られた.以前訪れた由良谷川隧道や大沙川隧道は枯れ川になっても残っていたが,家棟隧道や草津川隧道は既に解体されている.由良谷川隧道や大沙川隧道については,土木遺産の重要性ももちろんあるのだろうが,そもそも前後の道路が狭隘であることが現存の理由として大きいと思われる.百瀬川隧道について考えてみると,これは前後の道路と比べて幅員・高さともに明らかに不足しており,文字通り交通のボトルネックとなっている.正直なところ,解体されてしまう可能性が高いのではないかと思う.交通の障害となることを考えると,私のような余所者が安易に「残してほしい」とは言いにくいが,今後の行く末が注目される.

参考文献

  1. 土木学会土木史研究委員会・編 (2005) "日本の近代土木遺産―現存する重要な土木構造物2800選―" pp. 174-175,土木学会.
  2. 高島市政策部企画広報課・編 (2013) "高島市歴史散歩 No.99 百瀬川隧道の成立" 広報たかしま,平成25年3月号 (No. 158),p. 32,高島市,2021年9月14日閲覧.
  3. 日本の廃道編集部・編 (2012) "廃道を読む(38)村田鶴ヲ読ム 完" 日本の廃道 (ORJ),第70号,日本の廃道.