交通遺産をめぐる

隧道,橋梁,廃道などの交通に関する土木遺産を探索し,「いま」の姿をレポートしています.レポートマップはトップページにあります.

鈴鹿隧道 (2021. 5. 25.)

東海道の西の難所,鈴鹿峠.大正時代に開鑿され,拡幅を経てなお三つ鉾ピラスターを保持し続ける隧道を訪れた.

目次

導入

鈴鹿峠は,滋賀県三重県にまたがる鈴鹿山脈の峠で,古くから箱根峠に並ぶ東海道 (現・国道1号) の難所として知られていた.大正13年 (1924年),およそ2年の歳月をかけて峠の下に開鑿されたのが鈴鹿隧道である.当時最先端のコンクリートで造られた鈴鹿隧道は,俵津隧道高研隧道と同様,ゴシック風の「三つ鉾」ピラスターに,下見板張り風の装飾的な壁面を備えていた 1

 

大正生まれの隧道はその後長く使われたが,他の各地の隧道と同じく,モータリゼーションの進展によって様々な問題が発生するようになった.まず,幅員や高さが,自動車の大型化や交通量の増加に耐えられないというものだ.特に幅員は致命的で,やむなく信号機による片側交互通行となっていたという 2.引用先にはその写真があるが,天下の国道1号に交互通行の時代があったというのは驚きだ.また排気・通報設備などの安全対策も不十分で,昭和42年 (1967年) に隧道内で発生した車両火災では,13台が炎上,5人が負傷する結果となった 3.引用先の記事では,煙に包まれる隧道という衝撃的な写真を見ることができる.

 

その後,国道1号鈴鹿峠区間は,全面的に改修されることになった.まず,鈴鹿隧道の西側に新たにトンネルを掘ることで交互通行を解消し,旧隧道は上り専用,新トンネルは下り専用とされた.さらに旧隧道についても2車線幅に拡幅する工事が行われ,平成2年 (1990年) に竣工した2

 

素晴らしいのは旧隧道の拡幅方法である.旧隧道の意匠が,新しい坑門にもしっかりと引き継がれたのだ.昭和中期~後期のトンネルは,特段の装飾もない無機質・無個性なものが多い.同じ事業で造られた新トンネルも例外ではない.にもかかわらず,ここでは旧隧道の意匠が大事に保存された.英断としか言いようがない.

 

上述の経緯から,国道1号鈴鹿峠区間には,2本のトンネルが並んでいる.

東側のカーブが多い道 (これでも改良されてはいるのだが) が下り線,西側の直線的な道が新しい上り線である.もちろん今回は,東側 (下り線) の拡幅された鈴鹿隧道の方を訪れた.ちなみに両者の間にあるのは隧道以前の峠越えの道で,旧東海道の雰囲気を味わいながら歩く人も多いようだ.

アプローチ

JR草津線貴生川駅から甲賀市コミュニティバスに乗り,「近江土山」で降りた.ここに鉄道は通っていないが,かつて国鉄バスおよび西日本JRバスが乗り入れていた頃の名残で,「近江土山駅」と書かれた駅舎と小さなロータリーを備えていた.

 

今回の計画は,近江土山でバスを乗り換えて「熊野神社」まで行き,そこから歩いて鈴鹿隧道を越え,さらに山を下った先の「伊勢坂下」から亀山市コミュニティバスで関駅に向かうというものだ.

熊野神社から伊勢坂下までは4.2kmほどだから歩けない距離ではないし,鈴鹿隧道以外にも,線形改良によって廃止された旧道という見どころもある (次回レポートする).それにこの鈴鹿峠は,近江側はなだらかで伊勢側は急峻という特徴があるから,近江側から歩く今回のルートは理に適っている.

 

バスの本数は多くないが,熊野神社に到着してから約3時間後に伊勢坂下を出るバスに乗るという計画を立てた.4.2kmに3時間もかけるのは亀のように遅いが,写真を撮ったり旧道を探索する時間も加味する必要があるし,山道だから街中と同じペースで歩けるとは限らないので,余裕を持った計画とした.結果的にこの選択は大正解で,後述のように探索中にはトラブルに見舞われたりもしたが,予定のバスには十分間に合ったのだった.

 

熊野神社でバスを降り,歩く人のいない歩道をゆっくりと歩いて行く.道中には交通を見守る信楽焼の狸が居たり,道標を兼ねた常夜灯が設置されていたりした.

道路はずいぶん改良されているけれど,こういうところに旧街道の雰囲気が感じられて楽しい.車ではなく歩いて訪れたからこその発見である.しかし道標の文字 (変体仮名?) が解読できないことだけは心残りだ.お分かりになる方,ぜひご教授願います.

 

バスを降りてからおよそ15分,鈴鹿隧道の近江側坑口に到着した.

鈴鹿隧道

近江側 (北側) 坑門

鈴鹿隧道 (鈴鹿トンネル),大正13年 (1924年) 竣工,平成2年 (1990年) 拡幅,近代土木遺産Cランク 4.逆光になってしまっているが,立派な意匠にしばし見惚れた.後ほど反対側の見やすい写真も掲載する.

 

坑口付近に取り付けられた銘板.

2001年の省庁再編より前だから「中部地方建設局」となっている.現在の中部地方整備局の前身である.

 

坑口の手前の法面には,旧隧道の扁額が埋め込まれていた.

篆書体の右書きで「鈴鹿隧道」.両脇は揮毫者の印刻だろうか?こうして保存されているのはありがたいが,できれば拡幅後も掲げておいてほしかったとも思う.しかし扁額が読みやすいというのは,事故の際の通報では大事なことだと思われるので,この措置も致し方なしかもしれない.

洞内

さて,内部に進入する.広い歩道があるので歩きやすい.

流石に内部は現代のトンネルで,面白みは少ないが安心感は抜群である.

 

途中,こんなものも見つけた.

滋賀県三重県の県境標である.

南側 (伊勢側) 坑門

脱出し,振り返る.

鈴鹿隧道 (鈴鹿トンネル),大正13年 (1924年) 竣工,平成2年 (1990年) 拡幅,近代土木遺産Cランク 4.1世紀前の人々が残した意匠を今に受け継ぐ,素晴らしい土木遺産である.

 

ピラスター.

俵津隧道でも感じたことだが,まるで城門である.頭頂部の三つ鉾はやはり洒落ているし,その下の凸型のスリットも面白い.

 

2枚上の写真にも写っているが,こちら側にも旧隧道の扁額が保存されていた.

行書で「鈴鹿隧道」.

旧隧道の遺構と,負傷

さて,こちらの坑門脇には,旧隧道のピラスターが,埋もれながらも頭頂部の三つ鉾を露出させていることが事前調査でわかっていた.道路の高さからは全く見えないが,坑門横を見てみると,

どうもこの右側の斜面の上にあるようだ.

 

この目で遺構を見たいと思った私は,ここで大きな失敗をした.思い出したくもないが,自戒のために書いておく.上の写真右手の草が生えた斜面をよじ登ろうと思い,手前の草むらに足を踏み入れると,足元で大きな蛇が動き,体をくねらせて逃げていった.毒蛇かどうかは私にはわからないが,怖気づいた私は,草むらではなくコンクリートで固められた斜面を登るという愚行に出た.

 

登ってみると,確かに旧隧道の三つ鉾が見えた.

スマホで目一杯ズームしているので画質は悪いが,まるで遺跡のような良い廃景となっていた.

 

上の写真を撮った直後,バランスを崩した私は,コンクリートU字溝にはまり,そのまま一気に下まで滑落した.衣服が汚れただけならまだ良いのだが,暑がりな私は半袖を着ていたから,両肘と手首を派手に擦りむいた.しかもその日,私は傷の手当てをするための道具をほとんど持ち合わせていなかった.最初にやるべきは水で傷口を洗うことだが,口を付けたスポーツドリンクしかなかった.標高の高い山中だから,周囲に水場などはない.とりあえず止血しようと思ったが,傷口を覆えないような小さなサイズの絆創膏しか持っていない.もちろん周囲にコンビニなどない.仕方なく,持っていた小さな絆創膏を重ね貼りして血が落ちるのを止め,痛みを我慢して坂下のバス停まで歩くことにした.なお,坂下の集落にも薬局やコンビニなどはなかったので,結局傷の手当てができたのは,コンビニや道の駅のある関の街に到着した後だった.負傷から2時間半が経っていた.初動が悪かったせいか,1ヶ月以上経った執筆日時点でも,未だかさぶたが消えていない.

 

これ以降の探索で私は,暑くても長袖を着て,大きいサイズの絆創膏とガーゼ,そして新品の水を持ち歩くようになった.また斜面を登る時には,手がかり・足がかりを慎重に考えて行動するようになった.探索の基本中の基本だが,あまりにも油断しすぎていたことを猛省した.

おまけ: 笠置駅前の大手橋

同じ日の夕方,私は関西本線の鉄道遺産の第2次探索を終え,京都府笠置町笠置駅に向かって歩いていた.駅前を通る笠置街道は,駅の東側で「大手橋」という橋で川を渡る.橋自体は真新しいプレートガーダー橋で,正直それほどの興味は湧かなかったのだが,親柱を見てみると,

なんと,三つ鉾の意匠である.まったくの偶然で,鈴鹿隧道との関連もないと思われるが,一日の締めくくりとしては素晴らしい出会いとなった.

参考文献

  1. 内務省土木試験所・編 (1941) "本邦道路隧道輯覧" pp. 1-19,内務省土木試験所,2021年6月28日閲覧.
  2. 北勢国道事務所・編 (2013) "事業紹介 - 一般国道1号 井田川拡幅・亀山バイパス・鈴鹿峠バイパス" 北勢国道事務所 50年のあゆみ,pp. 48-50, 北勢国道事務所,2021年6月28日閲覧.
  3. 共同通信社・編 (2021) "<あのころ>鈴鹿トンネルで車両炎上 安全対策の不備が露呈 | 共同通信" 2021年6月28日閲覧.
  4. 土木学会土木史研究委員会・編 (2005) "日本の近代土木遺産―現存する重要な土木構造物2800選―" pp. 142-143,土木学会.