交通遺産をめぐる

隧道,橋梁,廃道などの交通に関する土木遺産を探索し,「いま」の姿をレポートしています.レポートマップはトップページにあります.

関西本線 (亀山~加茂) の鉄道遺産 第1次探索 ― 伊賀街道架道橋・殿田川橋梁ほか ― (2021. 5. 23.)

名古屋から伊賀や奈良を経由して大阪に至る関西本線の歴史は古い.そして素晴らしいことに,開業当初からの構造物が多数現役で活躍している.今回はそのうち,明治期に敷設された亀山〜加茂の区間に残る,5つのアーチ橋を訪れた.

目次

導入

今回探索した亀山〜加茂の区間は,単線の線路を,1両〜2両のディーゼルカーが1時間に1本程度走るという典型的なローカル線である.同じ関西本線でも,名古屋付近や大阪~奈良の「大和路線」と呼ばれる区間とはずいぶん違った風情である.しかしそんな長閑な地域だからこそ,明治20年明治30年にかけて,民営の関西鉄道によって路線が拓かれた当初の構造物の多くが,未だに現役を貫いている.今回の探索では,それらのうちの5つの橋梁を,車で訪問した.

伊賀街道架道橋

最初に訪れたのは,京都府の最東端,月ケ瀬口駅の真下である.駅のある高い盛り土の下に,道路を通すための跨道橋が架かっている.現在はすぐ隣に幅広のコンクリートカルバートが造られ,車はそちらを通るようになっているが,明治生まれの橋も人道用として残っている.

 

実はこの物件,私はずいぶん前から存在を知っていた.線路に並行する国道163号は何度も走っているし,ここを通って高山ダムまでドライブしたこともある.しかしその時は,古いものとはまったく認識していなかった.その大きな要因は北側からの景色しか見ていなかったからである.

これを見て明治生まれと気付くのは,当時の私にはどだい無理な話だった.

 

写真右側が現在人道用の伊賀街道架道橋,左側が車両用のカルバート.こちら側は基本的に無機質なコンクリート造りだが,伊賀街道架道橋の方に,坑門が倒れてこないような支えが施されているのは特徴的だ.なお,左側には「新今山隧道」という扁額が写っている.アーチでもない架道橋のくせに隧道を名乗るとは怪しからぬことだが,ともかくそういう呼ばれ方もしているらしい.ということは,右側の旧架道橋の方は「今山隧道」とも呼ばれている (いた) のだろう.

 

さて,本物件の素晴らしさは,反対の南側にある.

伊賀街道架道橋,明治30年 (1897年) 竣工,近代土木遺産Bランク 1

 

煉瓦積みに切石の輪石,帯石,笠石という立派な造りで,その規模も大きい.名前の通り,歴史ある伊賀街道 (の旧道) を跨いでおり,その重要性が顕れている.

 

アーチの天端部を見上げて.

要石がひときわ立派で,石アーチというのはかくあるべしといった感じである.扁額はないようで,代わりに月ケ瀬口駅という文字板が貼ってある.JRと書いてあるから明らかに後年の施工だが,こんな風に駅名が掲げられているのも珍しい.

 

引いて眺めてみると,

こちらでも新今山隧道と肩を並べている.明治生まれの方の坑口付近はゴミ集積場になっているようで,このアングルではやや景観が悪い.

 

内部は,

状態の良い見事な煉瓦アーチである.側壁のやや荒削りの切石も良い.この写真は私のお気に入りとなった.

殿田川橋梁

伊賀街道架道橋の西側約20mの地点では,小さな用水路が,線路の築堤と交差している.そこに架かるのが,本節でレポートする殿田川橋梁である.

殿田川橋梁,明治30年 (1897年) 竣工,近代土木遺産Bランク 1

 

水路を跨ぐものだから,隣の伊賀街道架道橋とはスケールを比べるまでもないし,装飾も少ない.しかしそれでも,装飾的な焼過煉瓦4層巻きのアーチに笠石を備えており,律儀な印象である.

 

こちらの坑門手前には小さな滝があり,なかなか良い景観だった.

この写真が本物件のお気に入りである.

 

なお,伊賀街道架道橋と同じく反対側は無機質なコンクリートに隠されてしまっていた.

長靴がないので,内部には進入していない.

大和街道架道橋

国道163号を東に進み,どこのICだったか忘れたが伊賀上野の辺りで名阪国道に乗る.板谷ICで流出し,国道25号の現道に入る.名阪国道から見ると旧道にあたるこの道は,やや狭隘な区間もあるため「非名阪」「名阪酷道」など蔑まれているが,かつての伊賀越奈良道 (大和街道) を引き継いだ道路であり,奈良時代から続く長い歴史がある.旧街道の雰囲気を楽しみながらゆっくり進んでいくと,家並みが途切れた先で関西本線と交差する.そこに架かるのが,本節でレポートする橋である.

大和街道架道橋,明治22年 (1889年) 竣工,近代土木遺産Aランク 1

 

こちらも重要な街道を跨ぐ構造物として非常に凝った装飾が施されている.壁面は煉瓦積みだが,帯石より下は通常の煉瓦,帯石より上は焼過煉瓦を用いることでコントラストが生まれている.最上部の笠石部分のデンティルも良い.写真では伝わりにくいがスケールも大きい.ここから西に進んだところには,難所として知られる加太峠 (加太隧道) があり,それに備えて高度を稼いでいるのものと思われる.

 

アーチ環を構成する切石は,

滑らかに加工している面と粗削りの面を併用して変化を持たせるという凝り様である.

 

内部.

ポータル付近に若干漏水はあるが,それ以外は非常に良い状態を保っている.美しい.

 

反対側は,

コンクリートで延長されている.しかしそれでも,一歩中に入れば,

美しい煉瓦アーチである.

 

このあたりの鉄道遺産は,地元の方々が熱心に整備してくださっているようで,解説看板も設置されていた.

大崖川橋梁 (大崖川拱渠)

大和街道架道橋から150mほど南に架かるのが,大崖川橋梁である.しかしこの物件は,道路を走っているだけでは見つけられない.私もその場所を把握するのには少し苦労した.なぜなら,本橋が架かる大崖川は,道路と線路の両方の下を潜っているからだ.

 

道路の下ということで,接近は難しいかもしれないと思っていた.しかし実際はよく整備されていた.本橋の南で道路は90°左カーブを描くが,その先で左手前に延びる脇道がある.

この看板が設置されているところである.この道は車では厳しい (軽なら可能かもしれない)  ので,道路脇に車を止めさせてもらって歩いていくと,川に突き当たる.道はそのまま右に進むが,橋を見に行くので,線路のある左側方向に進む.そこには,

人ひとり分くらいの幅のコンクリート舗装路 (というより護岸?) があるので,転落しないように注意しながら進む.

 

ゆっくり歩いていくと,程なくして立派なアーチが見えてきた.

大崖川橋梁,明治22年 (1889年) 竣工,近代土木遺産Aランク 1.切石積みの無骨な坑門がたまらない.そして,写真では伝わりにくいがかなり幅広で,7.6mというスパンは煉瓦暗渠としては当時最大級だったそうだ.

 

ここでも長靴がないので,内部を窺うことは諦めた.しかし内部は煉瓦アーチだそうだから,いずれ再訪するつもりだ.この趣味を始めてから,スニーカーと時々簡易防水のハイカットで乗り切ってきたが,そろそろ長靴がないと厳しくなってきた.折り畳みできるものもあるようだから,近々手に入れようと思う.

 

なお,大和街道架道橋と同様に解説看板が設置されていたが,写真は私の顔が反射してしまっていたので割愛する.

第165号架道橋 (第165号橋梁)

この日最後に訪れたのは,大和街道沿いの集落の中にある,第165号架道橋という橋である.板谷線という林道を跨いでいる.

 

ここは集落の中ということで,特に道が狭かった.「板谷」バス停の西の三叉路から北に入ったのだが,その先の直角カーブが恐ろしかった.

私は接触することなく一度で曲がれたが,かなりギリギリだった.車で訪問する場合は,「板谷」交差点の東側の三叉路から入る方が賢明だろう.ただしそちらも狭いことには変わりないので,別の場所に駐車して,歩いて向かった方が良いことは確かである.私は後から知ったのだが,「亀山市加太地区まちづくり協議会」さまが「鉄道遺産を巡る散歩みち」というパンフレット 2 を発行しており,それを見ると林業総合センターのところに駐車場とトイレのマークがある.ストリートビューで見る限り広い駐車場があるようだから,事情を話せば駐車させてもらえるのではないかと思う.

 

ともかく,交通を妨げないように気をつけながら車を止め,橋と対面した.

関西本線・第165号架道橋,明治22年 (1889年) 竣工,近代土木遺産Bランク 1 *1

 

規模は比較的小さいが,装飾は多い.煉瓦アーチは4層巻きで,その最上部だけは焼過煉瓦を使って要石風に仕立ててある.アーチの土台の隅石は,幅を段違いにして,のこぎり状の模様となっている.帯石より上の胸壁は,焼過煉瓦と通常の赤煉瓦を交互に配した独特の模様 (ポリクロミーというそうだ) で,その上の笠石には雁木である.全て現地の解説板の受け売りだが,確かに見どころが多い.

 

内部へ.

アーチから側壁まで全て煉瓦造りである.ポータルには少し欠けが見られたが,内部の状態は良好なようだ.

 

抜けて,振り返る.

素晴らしいことに,本橋は両側とも煉瓦ポータルの原型を留めている.時期ゆえにツタが絡んでいるが,目立った欠けや崩落もない.

 

これにてこの日の探索を終え,名阪国道から奈良市経由で帰宅した.

参考文献

  1. 土木学会土木史研究委員会・編 (2005) "日本の近代土木遺産―現存する重要な土木構造物2800選―" pp. 142-143・182-183,土木学会.
  2. 加太地区まちづくり協議会加太鉄道遺産研究会 (2019) "鉄道遺産を巡る散歩みち - 亀山市加太地区まちづくり協議会" 2021年6月26日閲覧.

*1:近代土木遺産としては「市場川橋梁」とセットで登録されている.市場川橋梁の方は,駐車スペースの問題から今回は訪問しなかったが,第2次探索の記事でレポートする.