交通遺産をめぐる

隧道,橋梁,廃道などの交通に関する土木遺産を探索し,「いま」の姿をレポートしています.レポートマップはトップページにあります.

綾部市の弁天橋 (2021. 5. 3.)

由良川に架かる,朽ちゆく廃吊橋を訪れた.

目次

この橋について

京都府を流れる由良川には3つのダムが存在する.そのうちの1つが,綾部市由良川ダム (別名・戸奈瀬ダム) である.ダムについては専門外だが,大正13年 (1924年) 建造という,歴史ある発電用ダムである 1.さて,そんな由良川ダムをGoogleマップで検索し,付近の航空写真を見てみると,地図にない構造物があることがわかる.

ピンの位置の隣に,右上から左下に伸びている線が見える.堰体に比べるとあまりにも細く頼りないが,拡大してみると,垂直方向 (左上から右下の向き) に板が張られていることがわかる.つまりこれは電線でも水路でもなく,人が渡るために架けられた橋である.

 

この橋が今回紹介する「弁天橋」である.

 

なお「地図にない」と書いたが,それはGoogleマップでのことで,地理院地図には載っている.

しかし,後述のように,この橋を通って右岸と左岸を往来することは現実的ではない.

アプローチ

今回私は,弁天橋の北側のみを訪れた.南側へのアクセス方法も確認してはいたのだが,駐車スペースの確保に苦労しそうだったので,今回は見送った.

 

山間部の廃橋ではあるものの,そのイメージとは裏腹に,弁天橋北側へのアプローチは容易であった.何せ地理院地図に書かれている道を辿るだけである.以下のストリートビューは,国道27号から逸れてすぐの地点である.

ストリートビューはここを右に曲がっているが,弁天橋へは直進である.執筆時点では,直進する道の左側に「弁天橋通行止」という看板が立っているが,探索日には気が付かなかった.しかし後でドラレコの映像を見てみると,道路脇に倒れていただけであった.

 

この先,車を止めた発電所脇までのドラレコ映像が以下である.

特に見どころもない40秒ほどの短い映像であるが,道の雰囲気は伝わるのではないだろうか.道幅は1.5車線ほど確保されており,路面の堆積物も少なかった.率直に言って,そこらの林道よりはるかにマシな状態であった.しかしこれは,弁天橋を日常的に利用する人がいるということではない.動画は,地形図に発電所記号で示されている新由良川発電所前に到着して終わっているが,そこの関係者が頻繁に通行しているのだろう.さながら発電所の管理道だが,上述の「弁天橋通行止」の看板に「綾部市」とあったように公道には違いないらしく,道路自体は立入禁止になってはいなかった.

探索記録

さて,車を止めた地点の少し先で,フェンス越しに川の方を見てみると…

見つけた.川岸から自然に呑まれながらも,弁天橋は静かに佇んでいた.

 

さらに接近を試みる.まっすぐ進むと発電所の門で行き止まりだが,その前に左手前方向に分岐する道があった.

廃道状態なのではないかと危惧していたが,状態は悪くなかった.ただ,道幅はかなり狭いので,当初から徒歩道として造られたのだと思う.

 

そこから1分も歩かないうちに,弁天橋の袂に至った.

特に目立つのは床板の抜け落ちである.植物の侵食とは恐ろしい.また京都府北部なので,雪の重みも影響しているのかもしれない.

 

いずれにしても,これでは安全に渡橋することは不可能である.冬場の積雪にも落橋せずに耐えているくらいだから,金属部分やケーブルは人が乗るくらいでは大丈夫かもしれない.しかし木造の床板は,残存しているものも含めてまったく信用できない.つまりこれは,エクストリーム・平均台である.バランスを崩せば,底の見えない大河へ真っ逆さまである.もちろん私は渡っていない.

 

なお「金属部分やケーブルは大丈夫かもしれない」と書いたが,実はそれも怪しい.上の写真をよく見ると,橋の側面から斜め下方向に線が伸びている.これらは耐風支索と呼ばれるケーブルで,伸びた先で橋に平行にかかる弓なりのケーブル――耐風索と呼ばれる――と結わえ付けてある (詳細は文献 2 を参照されたい).名前の通り風による横揺れを軽減するための構造だが,写真をよく見ると,橋の手前左側の耐風支索が欠損している.右側には残っているから,始めからなかったということはないだろう.植物のしわざか風のしわざか人のしわざかはわからないが,いずれにしても渡橋が危険なことは確かである.

 

こんな状態だから当然通行止めで,バリケードが拵えてある.その向こうには,現役時代のものと思しき「足元注意」の看板が残っていた.

写真では文字が一部隠れているが,「平成16年7月1日より通行に支障があるため弁天橋を通行止にします。」とある.廃橋となってから約17年が経過していることになる.

 

廃止日がわかったところで,次に気になるのは橋ができた時期であるが,これも明らかになっている.主塔の上部に立派な銘板があり,そこに記載されていた.

やや見にくいが,

辨   天   𫞎

 昭和41年12月架設

とある.思っていたよりもかなり新しい.適切に維持管理されていれば,まだまだ現役でも通用するはずの橋であった.

 

橋の右手に見える,由良川ダムの大きな堰体.

大迫力であった.橋上から眺められればもっと良い眺めだと思うが,転落すればこの滝に呑まれることになる.もちろんやめておいた.

 

考察編に続く.

おまけ

弁天橋に向かう前,道の駅 和 (なごみ) で頂いた「はたけしめじカレー」と「よもぎソフト」.

参考文献

  1. 日本ダム協会・編 (2009) "由良川ダム[京都府] - ダム便覧" 2021年5月21日閲覧.
  2. 上野勝敏,藤田英樹 (2010) "長大人道吊橋の構造解析~非対称耐風索を有する吊橋の構造解析手法~" 川田技報,Vol. 29,2021年5月21日閲覧.