伊勢神宮参拝のターミナルとして建造された,荘厳な駅舎を訪ねた.
目次
はじめに
参宮急行電鉄 (参急) は,大阪と伊勢神宮の鎮座する伊勢市を結ぶ鉄道で,昭和5年 (1930年) に開業した.当時,伊勢側の終点は国鉄山田駅 (現・伊勢市駅) だったが,神宮参拝や将来の発展を考慮して,翌6年,御遷宮博覧会の跡地に新たなターミナルとして宇治山田駅を新築し,路線を同駅まで延伸した 1.
参急はその後,合併を経て現在の近鉄大阪線・山田線となっているが,宇治山田駅は引き続き,伊勢神宮への最寄り駅として賑わいを見せている.そんな宇治山田駅で,昭和6年開業当初から現役で活躍する駅舎を訪ねた.
探訪記録
昼の宇治山田駅
深谷橋からバスで鵜方駅まで戻ってきた.接続よく名古屋行きの観光特急「しまかぜ」があり,案外空席も多かったので,チケットレスサービスでサクッと予約して乗り込んだ.革張りのゆったりした座席は快適で,このまま名古屋まで行ってしまいたくなったが,予定通り40分ほど乗っただけの宇治山田で下車した.
本題である駅舎の前に,見ておきたいものがあった.テレビでも紹介された有名な話だが,大阪方面からの特急列車と志摩方面のバスとの乗り継ぎの便を図るため,高架上にバス乗り場とバス転回用の転車台が設けられていた.現在は近鉄鳥羽線が開業したために使われていないものの,その遺構は残っているという.
駅の一番北側に位置する1番ホームに行ってみると,すぐにそれを見つけることができた.ホームの線路と反対側に柵が設けられており,柵の外の道床が一段低くなっている.いかにもバスターミナルだ.幅員はバス2台分ほど確保されている.1台のバスが客待ちをしている間に次のバスが到着する,という場面もあったのかもしれない.使用停止から30年近く経っているようだが,店舗などへに転用されることはなく,また路面も綺麗な状態が保たれている.必要とあればいつでも復活させられそうだ.
そのまままっすぐ進んでゆくと,行き止まりの手前に転車台が残っていた.丸い鉄板が軸の上に載っているだけのシンプルなもので,特段珍しい造りではないと思われる.しかし,バス用の転車台は一般的に,狭い路地や駅前でバスを転回させるために設けられているので,このように高架上に設けられているのは非常に稀だと思われる.
その脇には操作盤も現存.バス用の転車台の中には運転席から紐を引っ張ることで作動するものも多いそうだが,ここは地上係員 (駅員?) が操作するタイプだったようだ.
ホームを後にして改札を出る.改札は1つ下の階に設けられており,外に通じる地上はその更に下の階.つまり本駅は3階建ての高架駅なのだ.昭和6年当時としては非常にモダンな造りだったはずだ.
階段を下りて1階へ.まず目を引かれたのは,瀟洒な八角形の明り取り窓だった.午後に訪ねたため,ちょうど光が注いでいた.
内部を見渡してみる.
戸口から外に出てみると,軒下にも細やかな装飾が施されている.
軒を出て振り返る.間口が120mほど (電車6両分) もある大きな建造物で,壁面はクリーム色のテラコッタタイルで全面装飾,屋根はスペイン瓦という豪華な造りとなっている.
向かって右側には,3階の屋根から飛び出た一角.「近鉄」のサインが掲げられており,まるで広告塔だが,これはかつての火の見櫓だそうだ.
最後に道路を渡り,駅舎を正面から見る.
開業90年を経てなお美しい姿を留める,近代の名建築であった.
夜の宇治山田駅
諸々の探索を終えた同じ日の夜,帰りの列車までの時間を利用して再訪した.
外に出る.昼間は気付かなかったが,車寄せのピラスターには灯具が備えてあり,柔らな灯りが壁面を照らしていた.
昼間と同じように道路を渡り,正面から.
一日の終わりにこの光景を目にすることができ,満ち足りた気持ちで帰路についた.