交通遺産をめぐる

隧道,橋梁,廃道などの交通に関する土木遺産を探索し,「いま」の姿をレポートしています.レポートマップはトップページにあります.

坪原橋 (2021. 5. 3.)

京都北部編,第5弾.福知山市三和町の,古いコンクリートの桁橋を訪れた.

 

今回取り上げる坪原橋は,地元の方以外にはほとんど知られていないであろうマイナー物件である.私がWebで確認した訪問記録は,わずか2件しかない.しかしそのうちの1件,「道徒然話」さまの記事 1 にあったこの橋の姿に一目惚れしたことが,私が訪問するきっかけとなった.厚く御礼申し上げます.

 

さて,坪原橋が架かるのは,国道9号から分岐する道 (市道と思われる) の旧道である.現道は以下のストリートビューのような真新しい橋で土師川を渡る.

ストリートビューで銘板が確認できる (執筆時点) が,お名前は「坪原 (つぼら) 大橋」,平成6年の竣工.私より少しだけ年上である.

 

さて,旧橋である坪原橋は,上のストリートビューの向かって左側に架かっている.高低差があるのでわかりにくいが,実際に歩道に立ってみると,その姿がよく見えた.

うーん,素晴らしい!この無骨なコンクリートの造形がたまらない.

 

さて,坪原橋へ接近する.旧橋とはいえ生活道路や農道としては現役らしく,難なくアクセスできた.

 

橋上の風景.

草生し加減も良い塩梅である.

 

親柱は4本とも残存.

「坪原橋」「土師川」「はぜ川」はわかるのだが,4枚目の親柱に刻まれている竣工時期が判然としない.しかし本稿冒頭で述べた2件の記事のもう1件,「BESANの歴史探訪」さまの記事 2 によると「昭和9年」とのことである.

 

真横から.

やっぱり良い.欄干の穴あき部分が五角形になっているのも,橋脚に六角形の隙間が空けてあるのも瀟洒である.

 

ところで,ふと橋の西側の袂を見てみると,川に沿って現橋の下をくぐる道らしきものがあった.先に目をやると…

ガードレールがある…?だとするとここはかつての車道,つまり廃道…!?と色めき立ったが,おそらくこれは,真上の現橋「坪原大橋」を架けるための工事用道路の跡だろうと考えた.だとすると奥行きもないだろうから,これ以上は探索しなかった.念のため,最新の航空写真と地理院の古い航空写真を見てみたが,やはりその方向には道も道の痕跡もない.

 

ともかく,最後に,別の角度から見た坪原橋の姿を披露して,本報告を閉じたいと思う.

有名ではないが,私にとってははるばる見に行く価値のある良い橋だった.

 

参考文献

  1. ハルニチ (2015) "坪原橋 [京都府福知山市三和町(旧天田郡三和町)菟原中] | 道徒然話" 2021年5月20日閲覧.
  2. BESAN (2009) "BESANの歴史探訪:坪原橋" 2021年5月21日閲覧.