京都市の誇る近代土木遺産のひとつ,鴨川に架かる七条大橋を訪ねた.
七条大橋は,京都市を東西に横断する七条通が鴨川を越す地点に架かる橋である.明治期着工の鉄筋コンクリート(RC) アーチ橋として,土木学会選奨土木遺産や国登録有形文化財となっているほど重要な土木遺産ではあるのだが,あまりの知名度の高さに,なかなか積極的に見に行く気になれなかった.この趣味を始めて半年が経ったこの日,賀茂大橋の探索後にようやく訪問した.
京阪電車の七条駅で下車.地上に出るとすぐ本橋だ.まずは横から.
賀茂大橋,大正2年 (1913年) 竣工,近代土木遺産Aランク 1,土木学会選奨土木遺産 2,国登録有形文化財 3.黎明期の充腹アーチ橋である.
近景.
アーチは大スパンに典型的な欠円型.アーチリングが壁面から少しせり出し,そこから上に向かって鉛直材が伸びている.橋脚にも縦のスリットが入り,全体として縦縞の多いスラリとした印象だ.橋脚中の水切りも良い.
本橋は,明治末期の京都市三大事業のひとつ,道路拡幅と市電延伸の一環で,先代の木橋から架換えられた.同時期に近代橋に改築された橋としては四条大橋と丸太町橋が挙げられるが,いずれも後年に架換えられており,本橋は鴨川筋において唯一,明治期の意匠を留める橋となっている 4.
続いて橋上の景.
写真は左岸から.市電を通すことを想定した橋ゆえに幅員は広大であり,市電廃止後の現在も,片側二車線車道の両側に歩道を載せ,現代の交通量に耐えている.
左岸側の親柱は,
見るからに新しく,明らかに当初のものではない.
本橋は戦後,京阪線の地下化と琵琶湖第一疎水の暗渠化に伴い,疎水を跨いでいた鴨川左岸側の1径間が撤去されている 4.上2枚の親柱はその際に新設されたものと思われる.
一方の右岸側には,素晴らしいことに当初の親柱が残っていた.まずは下流側.
瀟洒な石柱に「七條大𣘺」の題額.さらに路外を向いた側面にも重要な情報があり,
「明治四十四季十一月起工」「大正二年五月竣工」.日本でコンクリートが橋の材料として使われ始めた明治期の着工であったことを教えてくれている.
続いて上流側.
「しちでうおほはし」.そこにチャリを停めるなと思わなくもない.
さて,ここまでは事前情報の通りだったが,現地では他にも嬉しい発見があった.まずひとつめ.橋の北東端 (左岸上流側) 付近から下に目を向けると,
美しい煉瓦構造物が見える!
接近して.
イギリス積み煉瓦に,隅石と笠石.七条大橋と比べると小さいが,赤レンガの発色が鮮やかだ.
この構造物の正体としては旧橋の下部工,暗渠化される前の疎水関連設備の遺構,地下化される前の京阪電車の遺構など諸説あるが,確かな資料は見つけられていない.なんとなくサイフォン設備のように見える気もする.いずれにしても,モニュメントとして保存するなら解説板のひとつでも欲しいものだ.
そして,この煉瓦からちょうど川を挟んだ反対の位置で見付けたものが,この日最大の発見となった.橋の北西,川沿いに立ち並ぶ建物を支える石垣の中に,
立派な盾状迫石アーチが口を開けていたのだ.その大きさや道床が僅かに反っていること (インバート) から,明らかに水路である.
近景.
ハリボテではなく,大きな石できちんとアーチが組まれている.橋の袂に排水用の開口部があるのは珍しいことではないが,五角形の盾状迫石が用いられるのは稀と思われる.
内部.
石アーチより先はコンクリートの真円.土砂で閉塞しており,奥の様子は見通せない.なぜか煉瓦が落ちているが,古いものかはわからない.
同じ位置から振り返り.
左奥に先ほどの煉瓦構造物が見える.あそこからここまで管路の橋が繋がっていた……とはさすがに考えづらいか.
探索は以上.Webでも多数情報がヒットする有名な土木遺産ゆえになかなか足が向かないでいたが,思いがけない発見の連続で,嬉しい結果となった.最近読んだ「北国紀行」5 の
矢張り旅して見なければ圖面だけでは認識を缺く、と誰やらが言つてゐた、成る程と賛成する。
の一文が思い出される.
塩小路橋に続く.
参考文献
- 土木学会土木史研究委員会・編 (2005) "日本の近代土木遺産―現存する重要な土木構造物2800選―" pp. 178-179,土木学会.
- 土木学会選奨土木遺産選考委員会 (2008) "七条大橋 | 土木学会 選奨土木遺産" 2022年2月4日閲覧.
- 文化庁 (2019) "七条大橋 - 国指定文化財等データベース" 2022年2月4日閲覧.
- 京都市文化市民局文化財保護課・編 (2005) "京都市の近代化遺産:京都市近代化遺産(建造物等)調査報告書" 産業遺産編,p. 28,京都市文化市民局文化財保護課.
- 丹波浪人 (1934) "北國紀行 (三)" 道路の改良,第16巻7号,pp. 129-144,道路改良会,2021年12月31日閲覧 (土木学会附属土木図書館によるアーカイブ).