交通遺産をめぐる

関西を中心に隧道,橋梁,廃道などの交通に関する土木遺産を探索し,「いま」の姿をレポートしています.レポートマップはトップページにあります.

(旧) 久邇宮橋 (2021. 9. 13.)

滋賀県草津市山寺町.河川改修の進む草津川に残る,戦前のRC橋.

 

久邇宮橋は,琵琶湖に注ぐ草津川と,その支流である金勝川の分岐点から,およそ1km上流地点に架かる道路橋.県道113号石部草津線の旧道上にあり,現道の橋も同名なので,記事タイトルには (旧) を付けている.

 

地元協議会の資料によると,本橋は昭和17年 (1942),金勝村荒張にあった久邇宮家の御料林を皇族が訪問されるにあたり,通り道となるため,それまでの木橋からRC橋に架換えられた.久邇宮橋という名称もそのことに由来する.なお,久邇宮家の御料林は,戦局の悪化とともに軍需用材の伐採供出によって荒れ地となり,戦後には農地として開拓されたため,既に面影を留めていないそうだ (参考: 栗東市資料).

 

久邇宮橋,昭和17年 (1942) 竣工,3径間RC単純桁橋.わずかに弧を描く桁が美しい.

 

順に東詰からと西詰から.親柱と高欄の上部がコンクリートで補修されている.

 

石造りの親柱とRCの袖高欄を留める.親柱の銘板は全て失われていた.

 

高欄.アーチ窓を連ねた昭和初期らしい意匠が心地良い.

 

下流側には配管が添えられている.

 

草津川の河川改修はこの辺りでも進んでいるらしく,橋の下は枯れ川となっていたし,河床は刈払いされていた.また橋の上流側には,河床に下りるための階段がある.したがって,この規模の川としては珍しく,橋を下から観察することができた.

河床から見る久邇宮橋.橋脚には大きなアーチ型開口部が設けられている.桁や高欄の形状も含め,全体的に曲線を多用した優美な橋となっている.

 

桁裏.4本の主桁が床版を支える.

 

現道の久邇宮橋の開通は,滋賀県資料によると昭和59年 (1984).その後も旧橋は,山寺町 (旧志津村) の住宅街へのアクセス路として残されており,探訪日も高い頻度で車が通っていた.