交通遺産をめぐる

関西を中心に隧道,橋梁,廃道などの交通に関する土木遺産を探索し,「いま」の姿をレポートしています.レポートマップはトップページにあります.

小豆島町の高坂隧道 (2021. 12. 2.)

石の里・小豆島に現存する,貴重な総切石造りの隧道.

はじめに

瀬戸内海に浮かぶ小豆島は,古くから良質な石材 (花崗岩) を産出することで知られてきた.江戸時代には,徳川幕府による大阪城再建に際し,大量の巨石が島内の丁場から運ばれている 1.明治に入ってからも,明治20年 (1887) の皇居正門石橋をはじめとして,各地の近代建築に利用されてきた 2

 

そんな小豆島には,「石の島」を象徴するかのような,石造りの隧道が現存する.旧池田町北部の高坂隧道である.場所は [34.498492637819915, 134.24451482377094] (世界測地系).

 

高坂隧道は香川県道252号上庄池田線の旧道上に位置する.この道筋は明治35年 (1902) 頃から,里道「神浦線」として小豆郡の手で改修が進められていた.高坂隧道は一連の事業のハイライトを飾るもので,大正3年 (1914) から2ヶ年継続事業として施工された.工費は5,555円,そのうち隧道自体に5,385円がかけられ,さらにその半分近くである2,600円は県費の補助であったとされる 3.隧道は大正5年 (1916) 1月に竣工し (現地銘板より),中山千枚田で知られる山間部の中山や大鐸と,高松方面への航路が発着する池田とを結ぶ道として,戦前・戦中・戦後の交通を支えた.

 

戦後,高坂隧道はおそらく幅員不足により,西側に隣接して切り通しの新道が開かれたため廃止された.その時期ははっきりしないが,昭和49年 (1974) の航空写真に新道が写っていないことから,早くともそれよりは後である.廃止後もしばらくは簡易なAバリケードが置かれている程度だったようだ 4 が,現在は坑口前にフェンスが設置され,立入が困難となっている.

探訪

2021年12月2日,小豆島をシェアサイクル (ハローサイクリング) で旅した.

 

中山千枚田を眺めてから一路南へ.峠道とはいえ坂はさほど急ではないし,電動アシスト自転車なのでスイスイ登る.

 

ほどなく峠が見えてきた.

 

分岐を左に入って旧道へ.

高坂隧道,大正5年 (1916) 竣工,近代土木遺産Bランク 5

 

南を向いているので酷い逆光だが,総切石造りの冠木門タイプの坑門を留める.端正そのものだ.

 

迫石は境界付近に段を設けてエッジを強調した造り.

 

わかりにくいが,扁額には篆書で右から「高坂隧道」.

 

内部を覗くと,一片の綻びもない石アーチが続く素晴らしい光景.確かな石工技術が光っている.惜しむらくは坑口が金網で塞がれていることだ.これだけ綺麗な石積みを留めているのだから,崩落の恐れがあるというよりも,不法投棄を嫌ったのではないかと思う.

 

金網と壁面の隙間は微妙に進入するには狭かった.よっぽど細い人なら入れるかもしれないが.

 

ここまでの旧道の振り返り.それなりに藪に埋もれている.とはいえ距離がほとんどないので,夏場でも接近は可能と思う.

 

通り抜けられないので,現道を通って反対側に回る.

 

現道からみた隧道北口.現道は隧道の文字通り「目と鼻の先」を,掘割で越えている.これほど近くにあって,よく隧道ごと開削されなかったものだと思う.

 

なかなか豪快な切通し.大正期の道が苦労して貫いた峰を,現代の技術は地形ごと書き換えるかのように平坦にしている.

 

その現道の脇,ちょうどサミットのあたりにお地蔵様.「文化四年」の文字が見える.切り下げる前の峠道から移してきたのであろう.

 

峠を越えた先に採石場?がある.この日は何やら工事をしていた.

 

ほどなくして左に高坂隧道の南口.日当たりはこちらの方が抜群に良い.

 

いったん旧道合流点まで進み,徒歩で旧道に引き返す.

 

高坂隧道,南口.丁寧に組まれた冠木門が本当に美しい.

 

アーチ環は五角形の盾状迫石で,胸壁の石積みと緻密に噛み合わされている.

 

こちら側の扁額には流麗な行書で隧道名を刻む.

 

そして忘れてはいけないのが,向かって左側のピラスターの隣に配された石額.完工時期と関係者一覧を刻んでいる.

大正五年一月竣成

 

起業者 小豆郡

設計者 小豆郡吏員 岡龜太郎

本請負人 岡田伸造

復請負人 伊澤京七

掘削事業担當 形山小四郎

石工事業担當 前田両助

このうち前田両助は島内で活躍した石工で,明治12年 (1879) 生まれとする情報がある.平成27年 (2015) 開催の「小豆島のこまいぬたち」展で展示されたという解説板の写真が,地元在住の川崎正氏によるブログ「小豆島で生きる!」6 に掲載されている.

 

観察を終えて立ち去ろうとすると,いつの間にか旧道入口に工事現場の警備員が立っており,こちらをじっと見つめていた.そういえば旧道に入る際,工事現場のAバリケードを跨いだような気がしないでもない.とりあえずこちらから「すみません,お邪魔しました」と声に出し,頭を下げながら歩いていった.怒られるかと思ったが,警備員氏は会釈をするだけで,おとがめなしだった.私のような訪問者には慣れているのかもしれない.

おわりに

小豆島の中山地区と池田地区を結ぶ峠に穿たれた高坂隧道を訪ねた.隧道は昭和後期以降に廃止されたいるものの,丁寧な石積み・石アーチに一切の瑕疵はなく,たいへん良好な状態で保存されていた.

 

小豆島内の戦前竣工の隧道としては,古いものから順に,以下の5本が挙げられる 3, 7

  • 城山隧道: 明治45年
  • 高坂隧道: 大正5年
  • 柳隧道: 大正11年
  • 千軒隧道: 大正13年
  • 小瀬隧道: 昭和元年度 *1

このうち城山千軒の各隧道は,戦後の拡幅・改修によって当初の姿を失っている.小瀬隧道に至っては開削され現存しない.したがって高坂隧道は,当初の姿を留める島内最古の隧道である.また,総切石造りの道路用隧道は全国的にも珍しく,それが一切崩れることなく美しい姿を留めているという点で,小豆島の優れた土木・石工技術を今に伝える貴重な存在とも言える.

 

高坂隧道は有名観光地である中山千枚田からも近く,県道のすぐ脇にあるからアクセスも簡単である.ぜひ,石の島・小豆島の生み出した「作品」のひとつとして,遊歩道の形で整備してほしいと思っている.

参考文献

  1. 小豆島町 (2021) "大坂城石垣石丁場跡(小豆島石丁場跡)【国指定史跡】/小豆島町" 2022年10月20日閲覧.
  2. 小豆島町 (2020) "小豆島町の構成文化財/小豆島町" 2022年10月20日閲覧.
  3. 小豆郡・編 (1921) "小豆郡誌" pp. 731-759,小豆郡
  4. 香川県教育委員会・編 (2005) "香川県の近代化遺産 : 香川県近代化遺産(建造物等)総合調査報告書" pp. 190-191,香川県教育委員会
  5. 土木学会土木史研究委員会・編 (2005) "日本の近代土木遺産―現存する重要な土木構造物2800選―" pp. 232-233,土木学会.
  6. 川崎正 (2015) "紅葉の肥土山農村歌舞伎舞台と離宮八幡神社の狛犬! | 瀬戸内小豆島での田舎暮らしを14年間毎日書き綴る島の案内人 川崎正のブログ「小豆島で生きる!」" 2022年10月20日閲覧.
  7. 三木常吉・編 (1936) "小豆郡誌第一続編" p. 307,香川県教育会小豆郡部会.

*1:大正3年としている資料もあるが,「小豆郡誌第一続編」7 の記述,および大正10年発行の「小豆郡誌」3 に記載されていない (城山,高坂隧道は記載されている) ことから,昭和元年度竣工と判断した.