青山高原の南部,伊賀市 (旧青山町) 霧生.2本の川の合流点に架かる昭和初期の橋を訪ねた.
中橋と宵宮橋の探索を終えた私は,中橋の西詰から延びる三重県道767号で南西に進んだ.山間部の路線だから予想はしていたが,狭隘路だった.
そんな「険道」を約3km進んだところで左折して,広域農道の伊賀コリドールロードに入る.ここからは2車線の快走路だ.3km先で旧矢持村に入ると,川上川に沿って進む.さらに1.5kmほど南進すると霧生集落である.路肩に車を停め,探索を開始した.
伊賀コリドールロードから,東に並行する川上川の方を見ると,
手前のガードレールは興ざめだが,味わい深い橋が2本架かっている.手前に写っているのは支流で,右奥の橋を潜って右 (東) に延びてゆくのが川上川の本流だ.
まずは手前の橋から.
「きりうはし」「昭和九年九月架換」.霧生集落への入口に相応しい名称といえる.私の大好きな昭和初期の橋で,親柱の意匠も凝っている.
高欄.
アーチ型の窓を連ねた,この時代の典型的な意匠.
横から.
溢れる古色が素晴らしい.
上流側の高欄は,先ほどの写真の通りガードレールに交換されていたのだが,金属製の銘板 (しかも横長) が貼り付けられていた.
「きりうばし」「霧生橋」そして「昭和42年12月」.先ほどの昭和9年とは30年以上の隔たりがあるが,おそらく昭和42年に橋が拡幅されたことを表しているのだろう.その際に上流側の高欄と親柱が撤去され,代わりにガードレールが設置されたものと思われる.
さて,もう一本の橋へ行こう.
なぜか太陽光パネルが設置されている以外は,ほぼ原型を保っている.素晴らしい!
親柱..
いずれも控えめながら装飾的である.刻まれた文字は落合橋,おちあひはし,昭和七年一月架換.残り1本も竣工時期だった.川上川と支流が落ち合う場所ゆえのネーミングであろう.
この落合橋で最も特徴的なのは高欄だ.
扁平な欠円アーチの上に4つの窓を並べている.優美さと軽やかさを兼ね備えた独特の意匠が好ましい.
横から.
無橋脚のRC桁橋.桁裏には鋼材で補強が入っているように見える.
最後に,霧生橋と落合橋を並べて.
集落に立ち並ぶ古い家々も含め,良い雰囲気を保つ古橋だった.
これにて探索を終え,同じ霧生集落にある別の橋へ向かった.