交通遺産をめぐる

関西を中心に隧道,橋梁,廃道などの交通遺産を探索しています.各物件の場所は,トップページのレポートマップをご参照ください.

宝池隧道 (2020. 5. 16.)

今回探索したのは,京都市にある不思議な意匠の隧道である.

 

宝ヶ池は,京都市左京区にある大きな池である.元は農業用のため池として造られたが,現在は宝が池公園として整備され,市民の憩いの場となっている.そんな宝ヶ池の西側の山を南北に貫くのが,今回レポートする宝池隧道である.

 

京都駅前から市バスに1時間揺られ,終点の「岩倉操車場」で下車し,少し東に戻ると「宝ヶ池通り」との交差点となる.地下鉄国際会館駅からも徒歩数分で同じ場所に至るはずである.そこから南に向かって歩くこと約10分で,北側坑門に達した.

この意匠の珍妙さをおわかりいただけるだろうか.アーチ部分に極太で蛇腹模様が施され,しかもそれが3層巻きになって坑門上端まで達している.唯一無二の坑門意匠だろう.もっと坑口が小さければ集中線のようになっていたかもしれない.

 

そんな意匠だから,扁額は坑口の真上ではなく,横にずれた位置にある.

「宝池隧道」である.わかりにくいがその下には,昭和25年から昭和41年まで,約16年の長きにわたって京都市長を務めた高山義三の名前がある.

 

アーチに接近してみると,

模様からはアコーディオンとか掃除機のホースのような印象を受けたが,もちろんコンクリート造りなので,伸び縮みはしない.

 

さて,入洞する.幹線道路ではあるが,両側に歩道があるため,歩行者も安全に通行できる.

外観とは裏腹に,内部はいたって平凡である.

 

この隧道にも,覆工の亀裂などの部分にチョークの書き込みが見られた.

毎度のことながら,道路を維持するための縁の下の力持ちの仕事が感じられて好ましい.

 

脱出し,南側坑門を振り返る.

意匠と扁額は北側と同じようだ.

 

上の写真にも少し写っているが,南口付近には銘板が掲げられていた.

昭和40年 (1965年) 10月竣工とのことだ.時代を考えると,コンクリート造りであることは当然だが,特に装飾もないのっぺりした坑門の隧道が多い頃だと思う.しかし,なぜこんなに不思議な装飾が施されたのだろう.

 

意匠を凝らしたコンクリート隧道として典型的なものは,先代の旧隧道の意匠を再現するというパターンだ.しかしこの隧道に旧隧道が存在した可能性は低い.以下は,現在の地図と,宝池隧道竣工前の1960年の航空写真の比較である.

比べてみると,1960年当時の道は,山を迂回し,宝ヶ池のすぐ脇を通っている.隧道があるようには見えない.山を迂回する道のバイパスとして造られたのが,宝池隧道だったということだろう.つまり宝池隧道の意匠は,真に独自に考案されたものと考えられる.しかしながら,私が調査した限りでは,その経緯などは解明できなかった.

 

おまけ

探索後は至近の「宝ヶ池公園前」バス停から,京都バスで現地を後にした.そのバス停の時刻表を見ると,

なんと休日に2本のみ運行で,平日と土曜日にはバスが来ない.いわゆる免許維持路線である.もちろん私は知った上で訪れたのだが,実際に時刻表を見るととても面白い.この14時42分発という便 (終バスであり,次の便は1週間後である!) に乗り,松ヶ崎駅で地下鉄に乗り換えて,調べ物のために京都府立図書館に向かったのだった.